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たぶんサッカーの話が多いです。

毛利甚八『「家裁の人」から君への遺言』

読んだ。とても良い本だったので読書メモ的に記す。

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著者はマンガ『家栽の人』の原作で知られる毛利甚八氏。2014年夏に末期がんが見つかり、2015年11月21日に57歳で逝去した。生前はマンガ原作や雑誌への出稿を中心に執筆活動し、領域は音楽、旅行、釣り、法律など多岐にわたっている。2003年からは大分県の少年院で篤志面接委員を務めた。

「遺言」と銘打たれた本書は、晩年に関心事となっていた「少年事件」が主題。アメリカの指導のもと作られた戦後少年法から、2000年代に起こった厳格化への流れ、さらには末期がん宣告を受けた直後に起きた佐世保高1同級生殺害事件で顕在化したネット世論の暴走を踏まえたものとなっている。

基本的な立場は「少年法厳格化反対」。ただし一部のネット論陣から誤解されているようなラディカルな活動家という立場からは一線を画しており、2000年代に少年法改正反対運動が犯した誤りにも言及するなど冷静な目線で記述しようと努めている。それは本書で述べられた以下の部分からも分かる。

少年法改正反対運動は、そういう怒りを持つ人々*1に対して、「わかってないね。あんた」そう言って対立してはいけなかった。
彼らの感情を受け入れ、少年審判の内実や矯正教育の中身をていねいに解きほぐして伝えることによって、たとえ遠回りであろうとも、日本社会に新しい規範意識を醸成することから始めなければならなかったのである。

数十年にわたって行われてきた少年法批判、保護主義批判に正面切って反論できる人がいなかったのは、少年司法全体の手続きを知っている人がいなかったからなのだと、深い失望とともに納得したのだった

圧巻は「佐世保の君に贈る手紙」と題した第2部。佐世保事件を起こした少女に贈るエッセイだ。ここでは報告書をもとにした佐世保事件の詳細が述べられた後、毛利氏の生い立ちと、彼が幼少期に体験した「死」にまつわるエピソードが淡々と語られる。

ごく個人的な話が展開されるため、前のめりになって他者に伝えるような類の文章ではない。ただ、当時の時代背景と自身の感情が丹念に描写され、読者が追体験させられるような迫力がある。

そして少女に「君は『生きること』『死ぬこと』をどうとらえていたのだろうか?」と問いかける。メディアで話題となった両親との関係、そして心の空白問題、当事者となってしまった友人との関係。さまざまな角度から少女が持っていた”であろう”思いを拾い上げるように推しはかる。

他人の心情を推測することの傲慢さは折り込み済み。それでもあえて発したこのメッセージに、自らの死さえもドラマ化せずに語る毛利氏の意志が、珍しく反映されていたように思える。

 

他にも法律の門外漢だった20代の毛利氏が『家栽の人』を執筆していた時代のエピソード*2、少年院出所者を社会で包摂すべく活動する市井の人を描いた雑誌連載の抜粋*3、少年院の子どもたちにブルースとウクレレで面接をしていた時の話*4などが印象に残った。

 

蛇足にはなるが、毛利氏は自らを「昔から推敲に時間がかかる」と評す。たしかに説明的な部分でも人物描写でも文章に無駄がなく、「(才能もあるだろうが)推敲……大事だな……」と認識させられた。

*1:厳罰化論者のこと

*2:隔週連載で最初の1週間は街をフラフラしていた話、年収8500万円の悩みなどわりとぶっ飛んでいた。

*3:2015年5月に休刊した『G2』(講談社)より。

*4:「いつのまにか『少年たちに何かを教える』という気持ちはまったくなくなっていた。むしろ自分の持っている技能や価値観が少年たちによって試され、照らされて、少年院に暮らす子どもたちに自分の真贋を判定されているのだと、考えるようになっていた」は名文。